小説版退付喪霊 音音 第3話     

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 その日を境に長男は全く働かなくなり、毎
日その女の子と遊びに出かけ、おいしいもの
を食べさせ、綺麗な着物を着させて、街に下
りたまま、家にも畑にもよりつかなくなって
しまったんだよ。

 それを見かねた吉國太郎左衛門義信は次男
に長男を連れ戻すように頼んだんだよ。

 意気揚々と
「絶対に連れ戻すよ。若いおなごに現を抜か
すなんて兄じゃもだらしがないなぁ」
なんて言って、そのまま行ったっきり一月戻
ってこない。

 何の音沙汰もないので不安に思った太郎左
衛門は、今度は三男に様子を見てくるように
頼むんだ。

 どうしたわけか三男までも、何の音沙汰も
なく三月半年と立ってしまったのさ。

 太郎左衛門はこれには参ってしまったんだ。

 何せ農民に仕事の指示を出していた男手が
一人も居なくなってしまったんだからね。

 仕事が成り立たなくなってしまったんだよ。

 そんな家族の姿を音羽は見ていた。
 上の姉三人はとっくにとついでしまってい
てねぇ、遠くに嫁いでいるから頼りようが無
いし。
 お母さんはお姫様のように育てられて嫁い
だのでただ傍観おろおろしているだけだった。

 まだ20にも満たない箱入り娘の音羽は頼
る人もいなくてただ意気消沈している父の姿
を見ているしかなかったんだよ。

 ある日とうとうお父さんは病に伏せて寝込
んでしまったんだ。

 そんな状況になって音羽は悩みに悩んで兄
三人を連れ帰しに街に出ることにしたんだよ。

 箱入り娘の音羽にとって街に行くのも相当
な勇気が要ったはずだよ。

 そこで見たのは精気の無い腑抜けた三兄弟
の姿さ。

 毎日遊び回っては吉國家の貯えを散財し、
無責任極まりない阿呆に成り下がっていたの
さ。

 音羽は涙ながらに家に帰って来るよう兄た
ちに訴えた。

 だが兄たちは聞き入れようとしなかったの
さ。

 音羽は兄の様子にただ驚く事しかできなか
った。

 吉國の家はとても裕福で、それだけでも恵
まれていると言うのにこの阿呆兄貴たちはな
ぜ帰りたがらないのだろう?

 街には職を失った者、家の無い者、食べる
ものがなく途方にくれている者で溢れ返って
いるというのに!

 どうにかして兄たちの目を覚まさねば!と、
三兄弟を惑わせたと思わしき、隣にいる女子
を睨みつけた。

 女は音羽の敵意が滲み出た視線にうろたえ
たのか悲しげな表情をしている。

 そのまま何秒か見詰め合っていると、何か
を悟った様にその女子の顔からすっと悲しみ
が消え、ぐっと眉が釣り上がり、黒目がぐわ
っと上に上がる。

 三白眼になったその目からは怒りが読み取
れたんだ。

 音羽はそんな女子の変容ぶりに怯え上がっ
てしまったんだよ。

 そうして体の芯からすっかり縮み上がって
足すら動かない。

 まるで金縛りにあったみたいに、なってし
まったんだ。

 音羽はとうとう震えだしたよ。
 
 女子はそんな音羽を睨み続けたまま言葉を
呟いた。

「お兄さんたちは私の命の恩人なの。だから
恩返しをしているの。」
 
 と。
 音羽も震えながらも負けじと言い返したん
だ。

「お兄さんたちを返してもらわないと家が大
変なんです!お願いだから返してください!!
」
 
 女子はそんな音羽を見下したように笑って
 
「お兄さんたちは楽しんでいるんだからいい
じゃない。 私はただ恩人のこの方達と楽し
くすごしているだけよ!」

 と、言い放つと、またお兄さんたちと楽し
そうに談笑し始めて音羽の方を見ようともし
ない。
 
 まったくこちらの言葉に耳を貸そうともし
ないので音羽は困ってしまったんだよ。
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監修 赤い羽根のCB    
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